リバースロジスティクスは物流業界が抱える問題解決のメソッドになるか
環境問題や資源・廃棄物問題を目前にした物流業界にとって、近年その戦略性や経済性に注目が集まっているのが、この記事で解説するリバースロジスティックスという概念です。
当初、リバースロジスティクスはその名前が示す通り、物流チャネルにおける消費者から製造者への製品逆流、つまり「返品」のことだけを指していました。しかし、サプライチェーン成功のカギを握るこの概念は、年数を経て大きく変貌を遂げているようです。
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目次
リバースロジスティクスとは~概念誕生の経緯と変遷の歴史~
初期のリバースロジスティックス(以下本文中ではRLと表記)は、損傷・期限切れ・誤配などによって製品が通常のロジスティックスと逆方向に移動する事だけがフォーカスされ、詳しい研究などは行われていませんでした。
そんなRLへの視座を転換させたきっかけとなったのは、James R.Stock教授が米国ロジスティクス管理協議会の委託研究成果にもとづき1992年に発表した「CLM白書」です。
同教授は白書の中でRLを単なる製品の逆流と捉えるのではなく、素材の代替・再使用、廃棄物処理方法の見直し、修理による製品の再利用、解体部品の再生による製造などへ視野を拡大し、3R(リデュース・リユース・リサイクル)実現に寄与する、「還流ロジスティックス」として、システム化・運用すべきだと提唱しました。
これまでサプライチェーンにとってコストがかかるものでしかなかった、製品の返品・回収・再在庫いうプロセスにおいて、単純に処分するのではなく手を加えて様々な2次マーケットで再販売を行う−−つまり、新たな価値を得るための体制の構築・管理・育成を、物流業界全体で進めるべきという考えに変遷してきているのが「現代版RL」なのです。
リバースロジスティクスの具体的な取り組み事例
国内の主要業界の中で、もっとも製品の回収・再販システムが確立しているのは自動車業界です。欠陥製品を生産メーカーが大々的に公表し、回収・無料修理するリコール体制の徹底は他のサプライチェーンと比べても圧倒的にですし、中古車の買取・転売・輸出、構成パーツのリビルト(再生部品)、鉄資源の再利用などの2次・3次マーケットが数十年前から張り巡らされているので、まったく再利用されずにそのまま廃棄されてしまう自動車は存在すらしません。
物流業界に目を移すと、RLへの取り組みが他国より進んでいるのは米国です。世界3大物流会社の一角であるFedExは、2015年、同国屈指のRL企業であった「GENCO ATC」を14億ドルで買収しました。そして現在は年間3億5,800万点にものぼる返品回収や返金サービス、修理・リサイクル・廃棄物処理などリバースロジスティクスプロセスをワンストップ体制で対応しています。
また、FedExはGENCO ATCを買収する前年に、世界200以上の国と地域で国際EC取引対応ソリューションを提供していた「Bongo」も吸収合併し、14カ月後に「FedEx CrossBorder」と改名した後、サービス提供を始めています。具体的には、電子商取引プラットフォームおよび、プラットフォーム内で機能する、関税・輸入コンプライアンス遵守、安全な支払い処理、多通貨価格設定、クレジットカード詐欺防止などの支援ツールを提供していますが、これによってFedExはグローバル化が進むECビジネスにおいて、参入が難しかった中小EC業者の巨大な受け皿となったのです。
2つの巨大買収により、FedExにおける「還流ロジスティックス」は完成形に近づき、元々強力だったフォワーディング能力と相まって、単なる3PL企業としてではなく、ロジスティクス関連業務を包括的に取り扱う次世代型物流企業へと進化しつつあります。
物流企業がリバースロジスティクスに取り組むべき理由
RLは本来、資源利用削減・廃棄物削減などに対する環境問題への対処に重きが置かれ、誕生した概念です。しかし、前述した現代版RLはその概念を基盤に企業戦略と経済効果が追加されたものであり、FedExにおけるRLへの取り組みはその最たるものだと言えるでしょう。
なぜ、物流業界のトップランナーであるFedExが莫大な資金を投じてまで、還流ロジスティックシステムの確立を推進しているのでしょうか?それはRLの出発点である「返品」という行動が、「いつ・どこで・どのぐらい」発生するかわからないためです。
顧客へ製品を届けるフォワーディングは、受注量や納品スケジュールが決まっているため、管理システムの構築が比較的容易ですが、その逆となるRLは予測が難しく、そう簡単にはいきません。ならば、いっそのこと繋げて一括管理してしまった方がいいだろうというのがFedExの発想です。
BtoBにおけるRLの場合は、ある程度の量をまとめ、すでに依頼している3PL企業を介して輸送することが可能ですが、BtoCでのRLでは荷物を1件ずつ回収したり、郵送してもらったりする必要があるため、対応が遅れるとたちまちユーザーからの支持が下がることになります。
昨今は、商品に直接触れることなく簡単にモノを購入できるECサイトの普及により、購入後に「思っていたものと違った」からと、返品するケースも増えています。配達量そのものが莫大な数になっているうえ、再配達数さえも減ることを知りません。人材不足にあえぐ国内の物流業界にとっては、不定期・不定量でゲリラ的に発生する「返品・回収」へ対応することは、年々困難になっています。
一方、国際的EC関連企業を飲み込んだFedExの場合、偶発的に発生するユーザーの返品行動をIoTデバイスでデータを取得・分析しています。そのデータから得られた情報を自社のフォワーディング部門と密に連携し、効率的な配車と人員配置をすることによって、スピーディーなRLとコストカットを可能にしているのです。
FedExの行っているRL対応は、勢いを増すばかりの「物流」という川へ、自前で巨大なバイパスを通すような大規模工事だと言えるでしょう。
ただ荷物を配送先に届けるだけではなく、返品や回収といったRLをどのように取り扱い、戦略していくか。消費者や顧客からの返品に関する要望に耳を傾ける円滑なRLシステムは、エンゲージメント向上にも繋がり、しっかりとした戦略を構築することで収益の増加もみこめるようになるでしょう。
リバースロジスティクスは今後どのように進化していくか
先進国である米国に比べて、やや対応が遅れている印象の国内の物流業界ですが、大手物流企業の中にはこの取り組みを急ピッチで進めている企業も少なくありません。佐川急便では回収サポートシステム「回収くん」を運用しており、簡単便利なサービス内容によってさまざまな企業で導入されています。
また、国内ロジスティクスの生産性を高めるべく設立された「日本ロジスティクスシステム協会」では、さまざまなデータの分析やシステムの研究を行い、2000年代初頭からRLについて議論されています。
しかし、中小業者が乱立しているうえ、分業制であるため、ロジスティクスの各チャネルが細分化・独立した状態です。そのため、RLシステムの構築と適正運用に不可欠な、配車可能台数と稼働できるドライバー数(運送業)、返品数及び余剰在庫数(製造・卸・倉庫管理業)、修理・素材や部品の再生ノウハウ(製造・リビルト・修理専門業)といった情報の共有が、一向に進んでいません。
FedExと並び、世界3大物流業者と称されているDHLの日本法人では、現場での設備・機器の設置や取外作業と管理、不具合品の受取り・仕分け・検証と修理、初期不良品(リコール)の迅速交換への大規模なRL・ソリューションの提供を始めています。またUPSジャパンにしても、処理の合理化によるゴミや資源の無駄を削減し、既存の商品からの継続的な収益の獲得を実現する、ハイクオリティーかつ広範囲にわたる優秀なエンドツーエンドサービスで荷主をかき集めています。
このままでは、大手はともかく、国内の中小物流業者は品物を慌ただしく運び、倉庫で管理するだけの存在になりかねませんので、一刻も早く業者間や業種の垣根を超え広く情報を共有し、「現代版RL」に対応したシステムを構築・運用すべでしょう。
物流業界でRLがうまく進まない理由はもう1つあります。それは企業利益の源が「製品」自体ではなく、運搬・倉庫管理に伴う「作業料」となるため、リサイクル業という大きなビジネスモデルについての意識が薄い傾向にあるということです。そこでお手本とすべきが、RLという概念が登場するはるか前から商品の還流サイクルが確立していた自動車業界です。物流業界と同じく分業制で、部門ごとに中小業者が乱立してはいますが、一定のルールによって運用されている「業者間オークション」が後方で支えていることが大きいでしょう。
中古車の売買が行われる業者間オークションには、そのままの状態で継続走行できるレベルの車体だけでなく、修理が必要な車体、もはやパーツ取り・資源回収しかできないボロボロの中古車も同じように出品され、日々大量に落札されています。関連する法整備は必要ですが、物流業界も大規模な業者間オークションを開設し、返品理由や不具合箇所などを明記したうえで余剰在庫などを出品、小売・卸・修理・リサイクル業者に落札してもらう、そんな二次マーケットを生み出すことも一つの手だと言えるのではないでしょうか。
また、荷主からの値下げ要請に応えざるを得ない運送業も、建築業が古くから導入している「入札制」を取り入れることによって、なかなか進まなかった業界再編スピードが増し、外資系に対抗できるような力を得ることができるかもしれません。
いずれにしても、業者の淘汰を伴う取り組みになると考えられますが、国際的物流企業による日本市場への進出が顕著さを増している昨今、人出不足の解消や働き方改革を一気に進めるような、思い切ったRL改革が必要になってくるでしょう。